ロリアンの「Uボート基地跡」訪問記

角田氏の「ロリアン訪問記」が、◎学習研究社発行;「歴史群像」第二次大戦欧州戦史シリーズ23:「図説」Uボート戦全史(22〜23ページに、写真入りの訪問記が掲載されていますの書物に掲載されました。ただいま一般書店の店頭に出ていますので、手にとってご覧下さい。 関連写真は最下段

ロリアンの「Uボート基地跡」訪問記
 (文責)角田昌夫

 ロリアンは、フランス北西部のブルターニュ地方にある港です。この地方にはケルト系のブルトン人が住み、固有の言語(ブルトン語)や風俗・習慣を今日まで保持しています。料理ではクレープや牡蠣、飲み物ではシードル(リンゴ酒)が、ブルターニュの名物です。

「 第二次大戦時のロリアン 」

大戦初期にフランスを占領したナチス・ドイツは、ビスケー湾に面した一連の港にUボート(ドイツの潜水艦)の基地を建設しました。北からブレスト、ロリアン、サン・ナゼール、ラ・パリス、ラ・ロシェル、ボルドーなどの基地群がありますが、中でも「ロリアン」にはUボート司令部が置かれました。

 「 Uボートのブンカー(待避壕) 」

これらの基地群には、連合軍の爆撃からUボートを護るため巨大なシェルター(ドイツ語でブンカー)が建設されました。ブンカーはUボートがすっぽりと納まる巨大なもので、その屋根の厚さは10トン爆弾にも耐えるように3〜7メートルにも及びました。ブンカーの内部には、Uボートの修理や補給から乗組員の休養に至るまでの施設・設備が完備されていました。

「 Uボート基地の役割 」

もともとドイツ本国には、大西洋に面した軍港がありませんでした。アメリカからイギリスへの海上輸送を阻止するため、大西洋に面した前記の基地群は重要な役割を果たしました。これらの基地で整備を終えたUボートは、大西洋の通商ルートからアメリカ本国沿岸にまで出撃し、最盛期には多くの輸送船を沈めました。その戦果は輸送船建造数を上回り、イギリスの戦争指導者「チャーチル」の心胆を寒からしめました。

 「 今日のUボート基地跡 」

大戦終了とともにUボート基地群はその役割を終えましたが、巨大なブンカーは破壊されずに残りました。世界的に戦争遺跡を復元・保存しようという運動(戦争考古学)で、Uボート基地群にも脚光が当たりました。地元の自治体やボランティアの手で保存運動が進み、その状況はインターネットのホームページにも紹介されています。

「 私のロリアン基地訪問 」

1999年のフランス旅行で、私はロリアン基地の訪問を果たしました。旅行前はロリアン基地跡の情報が皆無だった私は、ロリアン到着後にぶっつけ本番の訪問をしました。港に面した観光案内所に行くと、幸いにも英語を話す案内嬢がいて「Uボート基地跡がある」と言います。翌日さっそく教わった市内バスで、基地跡へ向かいました。文教地帯を走るバスは、高校や大学の生徒で混み合っていました。バスの終点「ケロマン」に着く頃には、乗客は私一人になりました。バスを降りた私の目の前には、基地跡のフェンスと正門がありました(写真参照)。守衛小屋は、人っ子独り見当たらない空き家です。中に入って広大な敷地を歩くと、前方に巨大なブンカーの屋根が見えてきました。その瞬間、「とうとう来たか!」と私の胸は高鳴りました。見上げるブンカーは、厚さ数メートルの屋根を戴いて頭上に聳えています。壁に沿って奥に進むと、ブンカーの開口部に出ました。現在は民間会社に使用されているのか、製品や部品がうず高く積まれていました。更に進むと、ロリアン港の岸壁に出ました。港内には、大小の船が繋留されています。

今を去ること60余年前、この港に一隻の日本潜水艦が入港しました。岸壁にはドイツのUボート司令官「デーニッツ提督」を初め大勢のドイツ海軍関係者や、在独駐在の日本人武官が立ち並んでいます。やがて軍楽隊の演奏で「軍艦マーチ」の調べとともに、波濤を越え日本の潜水艦「イ30号」がしずしずと入港しました。時に、1942年(昭17)8月6日のことでした。

今この岸壁に立つと、深海に身を潜め海原を越えて到着した「海の男たち」の心意気が胸に迫ってきます。

風光明媚でローカル色豊かなロリアン訪問を、皆さんにぜひお勧めする次第です。

ロリアン訪問写真集     (撮影)角田昌夫

1999年9月28日に、ロリアンの「ケロマン・ブンカー」

を訪問した際の写真をお送り致します。

   

正面入り口です。現在は企業が使用して   正門の左手奥を見る。前方はケロマンWa

いるらしく、ノーチェックで入りました。     ブンカーでしょうか。

    

ケロマンTの開口部を見る。        向かいのケロマンUの開口部を見る。

ともに企業の倉庫のような感じでした。

   

ケロマンT先端部から港を望む。      港内には潜水艦らしき沈没船が見えました。

    

ケロマンTの入り口。天井の厚さは、    ケロマンUの入り口。ここから内部ツアー

3メートルでしょうか。          が出発するようでした。

ケロマンUの入り口。企業の名前が見えます。

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