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何回もご参加頂いている二階堂ご夫妻様、今年はロングセラーの <スペイン・ポルトガル・モロッコ 15日間> にご参加頂けました。 そのお話、お写真頂きました。 |
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7/15(日) (現地時間、日本時間は7/16(月))オランダアムステルダム スキポール空港経由 スペイン マドリード空港到着 経由地のアムステルダムで大急ぎで乗り換えて、ようやくスペインに到着。 空港からホテルに向かうタクシーで料金を支払う際に、少しぼったくられました。皆さんもぼったくりには注意してください。この日は特段外出せず、ホテルで夕食を取り長旅の疲れを癒しました。ホテルの夕食はステーキを食べましたが、お肉が柔らかくてかなりおいしかったです。ツアー会社は、アメリカのコスモスという会社を利用しました。ガイドと対面するとポルトガル人でした。当然日本語は話せないので、英語で頑張ってコミュニケーションしました。 7/16(月) スペイン マドリード市内観光 ツアーのバスに乗り込んで早速オプショナルツアーでトレドへと出発。ツアーメンバーはお年寄りが多かったです。日本語を話せるオーストラリア人女性が一人だけいました。ここは7世紀まで西ゴート王国の首都でその後は何度かイスラムに支配されたりスペインの首都となったりした町です。町全体が要塞のような作りになっていて、昔の戦いの跡が感じられました。エル・グレコという芸術家が活躍した町でもあり、大聖堂内には多くの絵画がありました。午後はマドリッド市内を観光し、プラザ・マヨール等を散歩しました。おみやげ物として、剣や銃等の武器が多く目に止まりました。少し欲しかったですが後で後悔すると思って買いませんでした。かなり暑かったです。
下オプショナルツアーのトレド
7/17(火) スペイン マドリード→アビラ→サラマンカ → ポルトガル コインブラ この日はバスでマドリードのホテルから次の宿泊地へと移動しました。宿泊地はポルトガルのコインブラという町ですが、途中スペインの観光地に立ち寄りました。一つ目はアビラという、トレドと同じく要塞都市です。町全体が壁で囲まれていました。二つ目サラマンカという、スペインでは有名な大学がある町です。サラマンカ大学の構内には見つけると願い事がかなうというカエルの像があるとのことで、探してみましたが残念ですが見つかりませんでした。 夕方頃に、ポルトガルの国境を超えて、コインブラに到着しました。EU国間の通過の場合パスポートコントロールが不要なので、とても楽に移動できます。また、イベリア半島は非常に日照時間が長く、夜22時頃になってようやく日が沈んできます。その為夜9時頃でも、夕方のように感じます。一日の活動時間が長く感じます。夜の9時頃でも、現地のお父さんと子どもが昼間のように公園で遊んでいる姿は興味深かったです。
上:アビラ 下2枚 ;コインブラ
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7/18(水) ポルトガル コインブラ→ファーティマ→リスボン コインブラのホテルを出発して、町を観光しました。コインブラにも有名な大学があり、立ち寄ったところ、非常に歴史を感じさせる作りでした。高台にある為、上るのに一苦労でした。そのご次の宿泊地へと移動する途中に、ファーティマという場所へ立ち寄りました。ここは世界的に有名なキリスト教信仰の土地で、非常に広い敷地に大聖堂やお祈り所がありました。お祈り所に行くと厳粛な雰囲気でした。その後ポルトガルの首都リスボンに到着。
7/19(木) ポルトガル リスボン(終日)
午前中はリスボン市内をツアーバスで観光しました。ポルトガルは15世紀にレコンキスタ(キリスト教徒によるイベリア半島のイスラム教徒からの再征服運動)が収束すると共に大航海時代のさきがけとなった国だけあって、それにちなんだ場所へと行きました。ヴァスコダガマの発見のモニュメント等を観光しました。ポルトガルは大西洋がすぐ近くにあるので、内陸部とくらべて涼しい(風が吹くと寒いくらい)ところでした。 午後はリスボン市内を一望できる高台に立ち寄ってから、オプショナルツアーでショーを見ながらディナーを食べました。ポルトガルの民謡「ファド」を歌う歌手や踊りを見ることができました。お客さんの中から一緒に舞台に上がって踊る時間があったのですが、小員はワインを飲んで眠くなっていたところ急に舞台に連れて行かれて簡単なダンスを奥さんと一緒に踊りました。 これ以来、同じツアーメンバーの中ではダンスを踊った日本人として認知されるようになりました。これをきっかけにツアーメンバーと少し仲良くなれた気がします。)
下;オプショナルツアー
7/20(金) ポルトガル リスボン → スペイン セビーリャ 午前中は昔のポルトガル王室の別荘がある避暑地「シントラ」という場所を観光しました。日本の長野のような場所でいかにも避暑地という場所でした。 午後はいよいよスペイン南部のアンダルシア地方へ移動しました。スペイン南部は北部に比べてさらに暑く、またイスラム教徒による支配の期間が長かった地域です。宿泊地であるセビーリャでバスを降りると、とにかく暑かったです。40度を超えていました。夜暗くなってから(22時過ぎですが)フラメンコを見に行きました。さすが本場スペインだけあって(といってもフラメンコを見るのは初めてですが)迫力がありました。特に男のフラメンコは情熱の国スペインというだけあって、惹きつけられました。地元の有名なお酒「サングリア」を飲みながら、約2時間楽しみました。 下; シントラ
7/21(土) スペイン セビーリャ 午前中はツアーでローマ時代の遺跡「イタリカ」を観光しました。住居跡やモザイク壁画等は特別面白くはありませんでしたが、コロッセウムは非常に大きくて目を奪われました。映画「グラディエーター」に見られるように、ローマ市民の見世物の場所です。 午後はセビーリャ市内を観光し、スターウォーズの撮影で使われた建物や大聖堂を観光しました。
7/22(日) スペイン セビーリャ → モロッコ フェズ この日はいよいよヨーロッパからジブラルタル海峡を越えて、アフリカ大陸のモロッコへと渡りました。 下; ジブラルタル海峡
午前中アンダルシア地方を最南端までバスで移動し、アルヘシラスという町からフェリーに乗ってアフリカ大陸へ渡航。渡航先もスペイン領土である為、そこからバスでモロッコとの国境へ異動移動しました。国境はさすがに厳重警備地域で、EU圏内から出ることになる為、当然パスポートチェックも行われました。パスポートチェックがツアーの参加者全員分まとめて行われている間、通貨の両替を行いました。スペイン・ポルトガルではずっと「ユーロ」を使っていましたが、モロッコでの通貨は「ディルハム」です。アフリカ大陸のお金は、エジプトの時もそうでしたが、臭いです。
無事パスポートチェックが終わると、いよいよモロッコの旅が始まりました。日本では映画「カサブランカ」で有名(小員は見たことはありませんが)なモロッコで、最初のうちはわくわくしていました。実際大西洋は海が青くてとてもきれいでしたが、宿泊地であるモロッコ第4の都市「フェズ」へ移動するバスの旅は非常に苦しいものでした。 下;フェズ
第一に道がくねくねと曲がりくねっていて、かつ所々でこぼこしています。当然車酔いになりました。また、休憩するため、パーキング等でバスを降りると、まさしく猛暑(極暑?)でした。奥さんと揃ってバスの中でダウンしていました。スペインのホテルから約10時間の移動ののち、ようやくホテルに到着しました。4つ星ホテルでしたが星は全く輝いてなく、エレベーターは乗り込むとぐらぐら揺れて怖かったです。部屋も戸棚が壊れていたり冷蔵庫が汚かったり、日本なら営業停止になりそうなホテルでした。しかもご飯はいかにもアフリカ的でかなりマズイ、激マズ。(オーストラリア等海外の方はパクパク食べていましたが) 7/23(月) モロッコ フェズ この日は終日フェズに滞在。午前中はツアーでメディナ(市街地)を観光しました。革製品やスリッパが有名ということで少し期待しましたが、連れて行かれた場所は現地の人が利用する市場でした。感想を一言でいうと、くさかったです。食料品にはハエがたかり冷蔵機能もない為、魚のにおいはかなり辛かったです。ロバが荷を運ぶ為に行きかい、物売りの大人・小人が何人も声をかけてきました。なぜここにいる人たちはよりよく生活しようと思わないのかという疑問を解決するのは難しそうだと感じました。その後革製品の店に立ち寄りましたが、余りの臭さに吐きそうになりました。配られたハーブのにおいで何とか我慢しましたが、地獄のようなにおいでした。(地獄に行った事はありませんが、きっとこんなところだろうと思いました)革製品の店の敷地内では、原始的な方法で革染めをしている労働者が大勢いました。作業場も汚いので、製品も臭くて当然だと納得しました。(もちろん何も買いませんでした)その後政府関係のじゅうたんのお店に行きましたが、ここは中々きれいなじゅうたんが多かったです。店員は愛想よさそうに話していましたが、交渉の仕方はいかにも・u栫」侫螢・、如◆屬い・蕕覆蘿・・錫鮠w)う?」としきりに聞いてきました。しかも私達だけ別のフロアに連れて行かれ(おそらく値段を他の客に内緒で交渉する為)気持ち悪かったです。気に入ったじゅうたんの値段を聞くと、10万円単位(確実にぼったくっていますが)だったので何も買わずに店を出ました。交渉しても確実にバトルが始まることが目に見えていたのでしませんでした。 21
昼ごはんはお腹の安全の為、マックで食べました。日本よりはまずかったですが食べられる味でした。その後は暑すぎたのでホテルのプールで過ごしました。中々いいプールだったので、飛び込んだり泳いだりしていました。 夜ご飯はショーをおいしい現地料理見ながら食べましたが、自分も踊り子(かなりおばさんでしたが)につれられ、屈辱的(セクシーすぎる)で卑猥な踊りを一緒に踊りました。 23 52 7/24(火) モロッコ フェズ→マラケシュ この日はようやくフェズから移動。モロッコ第3の都市マラケシュへと移動しました。マラケシュはフェズからさらに南です。道のりはやはり悪路。アトラス山脈を超え、曲がりくねった道を進むと日差しは今まで以上に強くなり、外はサウナのような暑さで、風が吹くと脳が溶けそうでした。 マラケシュへの道はフェズよりはまともでしたが、それでも辛いものがありました。ただ、町に着くときれいな建物が多かったので安心しました。ホテルはかなり豪華だったのでうれしかったです。ただご飯は相変わらずまずかった。夜は疲れていたので、現地のテレビで放映している映画を見て休みました。 50
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7/25(水) モロッコ マラケシュ この日はマラケシュの町を観光しました。マラケシュの中心地であるモスクを観光し、その後は市街地を回りました。フェズよりはかなりきれいでしたが、半端じゃない暑さで、軽く熱射病になりました。ホテルに帰ってからも頭痛が続きました。 夜はカジノの近くのレストランでショーを見ながらアフリカ風モロッコ料理を食べました。北部と南部は料理がじゃっかんちがうという印象を受けました。北部はアラブ系の料理で、南部のマラケシュではアフリカ系料理がメイン、くすくすとかもでましたけれど量が多かったし個人的に好きではありませんでした。しかし、一緒にきた米国人観光客は全部残さず食べて美味しいと言っていました。まずくはなかったですが、非常に高カロリーであった為かなり残しました。ショーの内容はフェズほどひどくはありませんが、まあまあの内容でした。ベリーダンスは大したことはなく、変な歌を歌う女性の声は夢に出そうでした。蛇を使ったショーもありましたが気持ち悪かった。飛び跳ねる男はすごい高さまでジャンプしたのでびっくりしました。組体操の人たちはすごいとは思ったが、もう少し完成度を高めたほうがよいと思いました。その後はホテルに戻って寝ました。
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7/26(木) モロッコ マラケシュ→カサブランカ→ラバト この日はようやくモロッコ南部から北上し、大西洋沿岸へ移動。まずは当初の目的であったモロッコ第2の都市・カサブランカへと移動しました。カサブランカへの道路は普通の高速道路で、道がまっすぐに整備されていて、安心しました。車酔いすることもなくスムーズにカサブランカに到着しました。カサブランカは約3千万人いるモロッコの人口の20%が住んでいる町です。日本でも有名なだけあって、これまでのフェズやマラケシュよりも大分発展していました。(第2と第3・第4でここまで差があるものなのかと思いました) まずはつい最近建てられたというモスクに立ち寄りました。このモスクは世界で10番目に大きなモスクということで、確かにかなりでかかったです。10番目でこれだけでかいのであれば、1番はどれだけでかいのだろうと思いました。 お昼ごはんの為レストランに立ち寄った店で食べたピザは日本で食べてもかなりおいしいと思う味でした。その後お土産屋に立ち寄り、宿泊地である首都ラバトへ移動しました。 カサブランカを去る時にツアーのガイドは「どう?すごく大きな都市でびっくりしたでしょ?」と誇らしげに話していましたが、東京には程遠く及ばない為、苦笑でした。ただ、文明が恋しくなったらある程度満足できる場所ではあると思います。 16 17
その後、モロッコ第1の都市・ラバトへ移動しました。道のりはやはり整備されていて、フェズやマラケシュと比べるとかなり快適でした。1〜2時間程度で到着し、まずはモロッコ国王の住居を観光しました。その後宗教的な建物を観光しすぐにホテルに移動しました。翌日のフェリーに間に合う為に、超早朝起床となる為、この日は早々に切り上げてホテルで休みました。
7/27(金) モロッコ ラバト → スペイン アルヘシラス→グラナダ
この日はモロッコの苦しい旅がようやく終わりを迎え、スペインへの帰路につきました。8時のフェリーに間に合う為に、3時に起きて朝食をとり、出発しました。道路には霧がかかり、見通しが悪い中モロッコとスペインを結ぶ港町「タンジール」に移動しました。フェリーでスペインに移動するまでは特段問題ありませんでしたが、アフリカ圏からEU圏内に入るということで、パスポートチェックが超入念に行われました。見た目とパスポートがヨーロッパ系の人は難なく通過していましたが、アラブ系の人は入念にチェックされていました。小員は日本のパスポートだから問題ないだろうと思っていたら、アラブ系の人よりも長々と調べられ、パスポートが偽造じゃないかを調べられてかなりうんざりしました。(アジア系の人がジブラルタル海峡を渡ってスペインに入国する機会が余りない為に念入りに調べられたものと思われます) 26 27 豆知識ですが、どうしてもアフリカからヨーロッパに渡りたくて、走っているバスの車体の底にしがみついてそのままフェリーに乗り込む人もいるそうです。問題なしということでパスポートコントロールを通過するといよいよスペインに戻ってきました。マドリッドに着いたばかりの時は「日本と比べるとまだまだだな」と思っていましたが、この時は文明の最前線であるかのような感動を覚えました。何よりきれいであり、臭くなかったことがこんなにも幸せなことだと思いませんでした。やはり人は慣れてしまうとそのありがたみを忘れてしまうものですね。 ずれてしまったので本題に戻りますが、フェリーで到着してから北上し、アルハンブラ宮殿で有名なグラナダへ向かいました。 途中の高速道路では、反対車線が日本でも見たことのないような渋滞となっていました。モロッコも暑かったですが、ヨーロッパも猛暑となっているようで、この日も40度を超えていました。 特に問題なくグラナダのホテルに到着しました。早速街中に出かけてみると、原宿にも劣らないほどおしゃれできれいな町でした。きれいに着飾った女性やびしっと決めた男性が町を行きかい、観光客も多かったです。23時過ぎにホテルに戻り、就寝しました。 12 12 13
7/28(土) スペイン グラナダ→マドリッド おいしい朝ごはんを食べた後、この旅行の目的の一つでもあったアルハンブラ宮殿を観光しました。 イベリア半島最後のイスラム王国・ナスル朝グラナダ王国の宮殿であり、世界一美しい宮殿と称えられているところである為、非常に期待していったのですが、期待したほどではありませんでした。ただ、細部の作りは凝りに凝っていて、すごいなと思いました。その後出発地であり、旅行の最終目的地でもあるマドリッドへ移動しました。マドリッドに到着するとこれでみんなお別れということでE-MAILアドレスを交換したりしました。ホテルに到着すると、ドライバーとツアーガイドにお礼のチップを渡してありがとうと伝えてツアーは終わりを迎えました。ガイドはクールな感じの若者だったので、分かれの時もクールな感じでしたが、ドライバーは陽気なスペイン人だったので、非常ににこにこと力強い握手で最後を締めくくりました。
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